Jun 27, 2011

知人によるカードローン

カードローン返済短くしている知人がいる。それにしても何これだけのカードローンを利用してしまったのだろうか。そんなことを自分が心配する必要もないのだ、その額は驚くばかりである。カードローン金利も高い。あればどんどん返済してすぐに返してしまうのがいいと思う。本人はどう思っている。
過払い金の請求をするときは、できるだけ借金を返してからするようにしましょう​​。それか、メーカーは事故処理でブラックリストに載せたり、恐れがあります。ブラックリストに乗って以来、カードを作成し、ローンを組んだりすることができなくなるおそれがあります。過払い金の請求をするときは、そのことを理解してからするようにしましょう
 8日の衆院予算委員会の集中審議では、民主党のマニフェスト(政権公約)の実現を疑問視する野党側に対し、菅首相は実現の道筋を示すことなくあいまいな答弁に終始し、政権公約の破綻状態が鮮明になった。

 「子ども手当には反対だが、2万6000円を出すのか教えてほしい。最低保障年金7万円は『必ず実現する』と言えないのか」

 自民党の棚橋泰文氏は、子ども手当の満額支給や年金制度改革案など、すでに首相が見直しの可能性に言及した公約を守るのかどうか、明言するよう求めた。

 首相は「実現に向けて議論したい」としたが、「マニフェスト通りにできていないものもあることは事実だ」と認めた。

 民主党が連携相手として期待する公明党も、対決姿勢を前面に出した。

 同党の坂口力氏は、最低保障年金の財源に関する自らの試算を示しながら、給付対象となる所得層を提示するよう求めた。しかし、首相は「いろいろ検討している。坂口先生の言ったことを参考にしながら案をまとめたい」と述べただけだった。

 民主党マニフェスト(政権公約)の目玉政策で、平成21年の衆院選で同党が大勝する要因ともなった子ども手当の財源負担をめぐり政府内が迷走している。枝野幸男官房長官が将来的には地方負担をなくす方向にしたいと発言したのに対し、菅直人首相らが8日、地方負担の継続を求める考えを強調したのだ。財源問題から来年度の満額支給(月2万6千円)を断念した上に、支給事務を担う地方からの反発も上がっており、子ども手当は破綻寸前のところにまできている。

 首相は8日の衆院予算委員会で「今までの負担をこの1年、2年はお願いしたい」と述べ、扶養控除廃止による地方の税収増と引き換えに地方負担を継続したいとの意向を示した。細川律夫厚生労働相も同日の記者会見で「扶養控除の廃止に伴う地方の増収分を、子ども手当や子育て支援に使っていただきたい」と述べ、枝野氏を牽制(けんせい)した。

 枝野氏は7日の衆院予算委で「全額国費でやる方向に持っていくのが望ましい」と発言した。子ども手当の財源については、衆院選後に当時の鳩山由紀夫首相らも「全額国が負担するのは当たり前だ」と主張した。しかし、事業仕分けによる歳出削減が思うように進まず、支給開始の22年度は地方にも負担を求めた経緯がある。

 神奈川県など一部自治体は、23年度からの地方負担に反対を表明した。8日に閣議決定した子ども手当に関する政府答弁書によると、地方負担がないと1人あたりの支給は月額3千円減額される。

 枝野氏は8日夕の記者会見で「地方の皆さんとの相談をこれからしていく」と自身の発言を修正した。子ども手当をめぐっては、野田佳彦財務相が7日の予算委で、小沢一郎民主党代表(当時)が月額2万6千円に1万円上積みしたことについて「背景は知らない」と述べるなど、財源での民主党のいいかげんな対応が浮き彫りとなっている。

 一方、与謝野馨経済財政担当相は8日の予算委で、消費税増税の使途について「子育ては当然入る」と述べ、子ども手当は含まれるとの考えを示した。

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 米ハワイ・オアフ島沖で愛媛県立宇和島水産高校(同県宇和島市)の実習船「えひめ丸」が米原子力潜水艦「グリーンビル」に衝突され沈没し、9人の犠牲者を出した事故は10日(現地時間9日)で丸10年がたつ。救助された実習生はすでに成人し、社会での歩みを始めた。だが、友人を失い死の恐怖を味わった心の痛みはいまだ消えない。無念や葛藤と向き合いながらそれぞれの10年を迎える。(岡嶋大城、細田裕也、浅野幸治)

 ▼忘れないで

 同校の一室には、犠牲者の写真や遺品が展示されている。現在の生徒には生々しい事故の記憶はほとんどない。野上完治校長は「昔よりもしっかりとした説明が必要になった」と時代の変化を感じる。今年の慰霊式典では、事故を風化させてはならないとの思いを込め、校内に県名産のミカンを植樹する。野上校長は「ミカンの色づきとともに、犠牲者を思い出すよすがになればいい」と願う。

 唯一遺体が見つかっていない元実習生の水口峻志君=当時(17)=の父、龍吉さん(58)は今年もハワイを訪れるが「息子が死んだとは思っていない」と複雑だ。息子の同級生はすでに20代半ばとなった。時折、自宅を訪ねる彼らに対し「うちにも同級生がいることを忘れずしっかり生きてもらいたい」と語りかけている。

 ▼やっぱり海が好き

 「宇和島で生まれ、ずっと海と一緒だった」。救助された元実習生の男性(27)は現在、毎朝6時に父親と漁に出る。

 事故後はPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみ、3年ほど陸でアルバイト生活を続けた。

 実習でペアを組み、ともに遊んだ寺田祐介君=当時(17)=の姿が思い浮かぶ。沈みゆく船の甲板上で「どうしたらいいだろうか」と声をかけてきた。状況を理解できず、何も答えることができなかった。「ほんの何秒かの差で自分だけ助かった。いいやつだったのに…」。生死を分けた瞬間が脳裏に深く刻まれた。

 そんなときに小学校の友人がお守りをくれた。「本当にうれしくて、言葉にならなかった」

 海から離れることも考えたが、21歳で地元の漁師になった。「苦しんだがやっぱり海が好き」という。

 10年たっても複雑な思いに変わりはない。それでも「自分も前進しなければいけない」。今年初めて同校の慰霊式に出席し、仲間の冥福を祈る。

 ▼和らぐ憎しみ

 「ガッチャン」。閑静な自宅近くの道路のマンホールの上を車が音を立てて通る。えひめ丸の機関士、木村秀勝さん(55)は「音に敏感になり、深夜に何度も跳び起きた」と振り返る。

 船底に近い居室でテレビを見ていると、刃物で金属を切り裂くような音が響いた。エンジン音が消えて蒸気爆発が起こり、船内は闇に包まれた。「静かな場所が怖い」。PTSDと診断され、元気づけようとした妻の言葉に怒りをぶつけたこともあった。悩みが増す中「すべて事故のせいにすればいいんです」。主治医の言葉で少し楽になった。

 事故後は県内の別の高校に派遣され、野菜づくりや校舎のペンキ塗りに明け暮れた。親身な教員や屈託のない笑顔を見せる生徒に囲まれ、事故の記憶が徐々に遠ざかった。5代目えひめ丸が新造されると乗り組むことに迷いはなかった。

 ハワイを訪れると死んだ仲間を思い出すが、憎しみはすでに和らいでいる。

 「われわれが苦しんだのと同じように潜水艦の艦長も苦しんだ。もう、いいのではないか」

 ■えひめ丸事故

 平成13年2月10日午前8時43分(現地時間9日午後1時43分)、米ハワイ沖で愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」(499トン)が急速浮上した米原子力潜水艦「グリーンビル」(スコット・ワドル艦長、6000トン)に衝突されて沈没し、乗組員35人のうち実習生ら9人が亡くなった。救助された乗組員もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんだ。米海軍は全面的に非を認めて謝罪。賠償し、艦長は懲戒処分を受けた。同校とハワイには慰霊碑が建てられ、毎年追悼式典が開かれている。

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