Sep 06, 2010
アパート経営のリスクといえば便利です
アパート経営のリスクとすると、空室リスクがあります。これは、立地や築年数などが大きく関わっています。しかし、これらは家賃どのくらい補完することができますが、その後の利益に大きくマイナスが出てしまいます。このため、マンション事業を開始している場合には、立地に非常に神経を使わなければなりません。立地がよければ、スタジオなどでもお部屋は埋まります。不動産投資をする場合、不動産投資信託を検討してみるのも面白い。自分は不動産投資信託の残高を積み上げている。オフィス不動産投資信託は避け、レジデンス系の不動産投資信託を保有している。分配金の水準が安定しているからだ。特徴を把握した後、自分の好みの不動産投資信託を保有してみるといい。
福島県と横浜市の子どもたちが一緒に屋外活動をする交流キャンプが8日、こども自然公園青少年野外活動センター(横浜市旭区)で始まった。東京電力福島第1原発の事故の影響で屋外活動が制限された子どもたちに思い切り遊んでもらおうと、横浜市立大国際総合科学部3年の大宮茉莉紗さん(21)が企画。「横浜の子どもが震災を身近に感じ、復興活動に関わってほしい」と呼びかけている。
大宮さんは知人を通じて福島県二本松市で参加者を募り、三つの小学校から3〜6年生24人がキャンプに訪れた。12日までの日程で横浜からは児童計20人が加わる。活動には大宮さんが所属するゼミの学生らが協力。活動費は同大の助成金と参加者からの参加費を充て、食材の半分以上は金沢区の製麺所や知人からの提供で賄った。
8日はカレーライスを作り、二本松市立岳下小3年の女児は「久しぶりに外に出られてうれしい」と喜んでいた。【杉埜水脈】
8月9日朝刊
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横浜市神奈川区の六角橋商店街で8日昼に起きた火災は昔ながらの木造店に次々と燃え移り、17店舗を焼いた。05年の火災に続く惨事に近隣住民らは落胆の色を隠せなかった。
119番があったのは、六角橋商店街のメーンストリート「大通り」西側の「仲見世」通りの南端近くに位置するたい焼き店。「消防が一度(たい焼き店の)火を消したと思ったら、1時間後に2〜3軒先の店が燃え始めた。棟伝いにまさかここまで延焼するとは……」。近くの主婦(47)は驚いた様子で立ち上る煙を見つめた。
六角橋商店街の歴史は戦前にさかのぼり、戦後の闇市でにぎわった。特にアーケードに覆われた「仲見世」は、戦後間もなく作られた木造長屋の店が連なる。昭和の風情が残り、映画やテレビドラマの撮影にも使われる場所で、古くから地元住民に愛されてきた。
05年の放火事件でも計18店舗が燃えたため商店街は防犯カメラを増設し、地元消防団も消火や避難訓練を毎年実施しているという。再度の大規模火災に商店街の販売促進部長、石原孝一さん(52)は「昭和の風情を残す街並みは魅力ある一方、防災上は弱みでもある。気をつけていたのに……」と声を落とした。【山田麻未、中島和哉】
8月9日朝刊
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米海軍横須賀基地(横須賀市)で低レベルの放射性廃棄物が保管されていることが8日、分かった。米海軍佐世保基地(長崎県佐世保市)で東京電力福島第1原発事故に伴う放射性廃棄物が保管されていることが発覚したことから、横須賀市が外務省日米地位協定室に確認。また、大和市も米軍厚木基地で同様の廃棄物が保管されていることを確認した。
横須賀市への地位協定室の回答によると、放射性廃棄物は、米軍が被災地支援活動「トモダチ作戦」を展開し航空機の機体から放射性物質を除去した際の布など。放射能はごく微量で適切に管理されており基地周辺の放射能モニタリング・ポストにも異常値は観測されていないという。地位対策室は処分について「東京電力を含む日本側が責任を持って処分すべきと考え処分方法は政府内で協議している」と回答した。
横須賀市基地対策課は「基地内には市民ら日本人従業員約5000人が働いており、放射能レベルなどの情報提供、適切な管理と速やかな処分を国に要望した」としている。【田中義宏、長真一】
8月9日朝刊
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◇ハワイ産、2代目が1930年ごろ購入「街の象徴として守りたい」
茅ケ崎市中海岸の老舗旅館「茅ケ崎館」で「日本最古」とされる木製のサーフボードが保管されている。長らくベンチとして使われていたが、近年になってその価値が見直された。専門家は「日本のサーフィンの歴史をくつがえすもの」と指摘。同館は「サーフィンの街・茅ケ崎の象徴として大切に守っていきたい」としている。【松倉佑輔】
茅ケ崎館は1899年創業。映画監督の小津安二郎が定宿としたことでも知られる。
ボードは玄関に飾られており、長さ約2・7メートル、重さは約25キロ。現在は入手の難しいハワイ産のコアウッドの無垢(むく)材でできている。表面にはベンチのくぎの跡が残り先端も欠けているが、ボードの形は崩れていない。
5代目館主の森浩章さん(37)によると、ボードを入手したのは2代目の信行さん(1900〜1931年)。真っ赤なサイドカー付きの米国製バイクを乗り回すなど好奇心旺盛な人物で、サーフボードも当時の貿易商から仕入れたとみられる。30年ごろに同館でボードを撮った写真も残っており、購入したのもその頃とされる。ボードは「波乗り板」と呼ばれ、宿泊客も使っていたという。
戦後は、ベンチに「ちょうどいい大きさ」だったことから、脚を取り付けて同館の中庭で使われるようになった。以降約60年間、雨ざらしとなっていた。しかし、森さんが宿泊客の海外のサーファーから「これはオールドボードで貴重な物じゃないか!」と驚かれたことをきっかけに「きちんと保管しよう」と考え、06年に玄関内に運び入れた。
今年6月には、日本人として初めてサーフィンの国際選手権に参加し、市内で40年以上サーフショップ「ゴッデス」を開いている鈴木正さん(69)がテレビ番組の依頼で現物を「鑑定」。鈴木さんによると、同様のボードは世界的に見てもほとんど出回っていないといい、番組では「300万円」の値段が付けられた。
サーフィンが日本に広まったのは戦後に進駐軍が持ち込んだ後の60年代からとされ、「日本にはほかに存在しないだろう。そもそも、あの時代(30年ごろ)にボードが日本に渡っていたこと自体が驚き」と鈴木さん。森さんは「貴重なものとして守り伝えていきたい」と話している。
8月9日朝刊
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